March 2021 鯖日記 (Sabba-tical diary)

 March 31

 タフツ大学メドフォードキャンパスのティッシュ図書館で仕事してみることにする。今までの研究仕事は、インターネットのデータベースを用いてが主だったが、というか実のところもはやデータベースにある自分の興味に関わる資料にあたっていくだけであっという間に一生が過ぎてしまうほどにアカデミズムの分厚い地層はオンライン化されてもいるのだが、論文をまとめるにあたって情報を確認したい書籍もあり、また気候がずいぶんと春めいてきたので気分転換も兼ねて、大学キャンパスまで出かけてみた。
 このようなパンデミック禍であるため、大学キャンパスに頻繁に出入りすることは奨励されていない…というわけでは決してなく、COVID-19対策のプロトコルに従えば、タフツ大ではキャンパスで仕事をしたり勉強したりすることも許可されている。どんな対策プロトコルになっているかというと、「キャンパスにいる者はPCR検査を必ず受けること」、至ってシンプルなこの一点に尽きる。よって、キャンパス内にPCRテスト会場があり、キャンパスの寮に住む学生や通勤してくる大学関係者は、そこで検査を受ける。
 この日が初めての検査であったわたしは、大学がYouTubeに公表している「セルフPCR検査の仕方」ビデオまでしっかりと遺漏なく予習し、この上なく優秀な被験者という万全の状態でテスト会場に出向いた。…のだが、なぜか受付にてわたしのIDカード読み取りにエラーが起きてしまい、早々と出鼻をくじかる。めかし込んだ日に限っての通り雨、みたいなもので、何だかちょっとしょんぼりしてしまった。あらためてIDカードの設定を事務の人にし直してもらった後、PCR検査自体は綿棒を左右の鼻腔につっこんでグリグリするだけ、という感動的なまでの簡単さで終了。
 

↑ この建物がPCR検査会場。学生たちも慣れたもので、IDチェック>検体採取>提出、の流れをよどみなく行っています。
 
 ティッシュ図書館の入口にも、IDカードをかざすリーダーがやや目立たない場所に設置されている。こちらでは問題なくカード読み取りが出来て、颯爽と図書館内に。書架が縦横無尽に並んでいる、非常にクラシカルなレイアウトな図書館で、study table もソーシャルディスタンシングのため使用不可扱いのものもあるとはいえ必要十分な数はあって、とても使いやすい。ここで言う使いやすさとは、資料の充実度とか図書館司書のサービスとかいう水準の話ではなくて、ぶらッと勉強しに来てぶらッっとリサーチしたり執筆したり「しやすい」という意味での、カジュアルさのことである。海外の大学の図書館には、そもそも開架がないという施設も多いし、資料を見るにもその都度専用ページから請求をしてカウンターに受け取りに行くというプロセスが必要な場合も多くて、なぜかわたしはそれが苦手である。「この人、こんな本読むんだ?っていうかいくら研究者とはいえ、こんなに古い本を本当に読むの?一応読むフリだけしてるの?」などなど、カウンターの方にいちいち怪訝に思われたり値踏みされたりしているような、被虐感に似た心地悪さを覚えることもある。ぶらぶらと書架のジャングルをお散歩するように、気が向く方向に往来しながら図書館を使用するほうが、よほど知的な刺激も自由さもあると思う。
 なお、こちらの図書館では、現在はパンデミック禍で人の密集を回避するためにも、「館内テーブル/デスク利用」はオンラインであらかじめ予約しないといけない、という運用になっている。…というはずであるが、館内にいる学生たちと予約システムの使用状況ページを照らし合わせて観察していると、誰も律儀にそのような手続きはしていないようだ。つまり、テーブル使用状況ページではほとんどの席が「空席」になっているのに、みんな好き好きに気に入ったテーブルを占有して使っている。意気込んで自宅からきちんとテーブル予約までしてきた自分の空回りが、なんとも恥ずかしい。ちなみにわたしが予約したはずのテーブルでは、とある女性の学生が一生懸命Macでレポートを執筆中、心の中でエールを送っておいた。
 システムのことについてもう1つ。書籍の貸し出し手続きは、今期からすべてセルフチェックアウト方式になっているとのことである。まず利用者が各自のスマホにappをダウンロードする。そこでID情報にログイン後、図書館内にいることをGPSで感知させ、借りて帰りたい本のバーコードをappで読み取る。それだけで手続き完了。ここでもまた感動的な簡単さ。
 感動的なほどの簡単さが日常に張り巡らされながら、理念的で簡単には解決できない目標を社会全体で共有し、そして苦しんだり喜んだりしている…そんな2021年のアメリカのリアリティを日々さまざまな部分において体験できている。わたしにとってはありがたい勉強だ。

 March 29

 3月25日からボストンの体育館/アリーナ、TDガーデンでも、観客キャパシティの12%を入場定員上限として、「有観客」試合/イベント開催が解禁となった。TDガーデンはNBA(バスケットボール)のBoston Celtics および NFL(アイスホッケー)のBoston Bruinsのホームコート。わたしの現在の自宅からは徒歩7-8分ほどの距離である。子どもの頃からバスケットボールではCelticsファンなので、よくよく考えれば夢のような住所で寝たり食べたりして暮らしている。
 この日はCelticsのホームコートでの有観客試合再開。自宅でTV観戦しながらお祝い。ホタテの和風スパゲッティ(醤油にんにく味)を作る。
 

 
 どうにも安定感に欠ける今季のCelticsは、過剰に調子が良くてポンポンと点が取れすぎてしまう日と、接戦の末に第4Qラスト1分で踏ん張りが効かずに負けてしまう日、そして序盤からずっとリードされつづけて気がつくとそのままあっけなく負けていたりする日が順番に訪れているという感じだが、この日は最後のパターン。来月にはなんとかチケットを手に入れて、TDガーデンに研究=観戦に行きたいと思う。

 March 27

 青山学院大学の卒業式の日。ゼミ長からの指令で、指定された時間にWebexをつないで、大学に集まっている卒業生たちとほんのわずかな間だが顔を合わせる。あちらはお昼の14:00なので、こちらは夜の23:00であった。Web中継された学部の卒業式典では、昨年度のゼミ生のYさんが、卒業生代表として答辞を堂々と読み上げていて感服。
 そのままアメリカ文学会東京支部の例会に、今度はzoomを通して参加。こちらは、近代散文部会の研究発表で、かつてわたしのTAを務めてくれたこともある早稲田大学の大学院生Oくんが Herman Melville とダゲレオタイプの同時代性、視覚文化と文学表現の関わり、についての発表。こちらも空中戦になりがちな抽象的な議論を堂々と着地させる落ち着きを見せていて立派だった。脱帽。
 こんな異様な状況であっても、学生たちはどんどんとレベルアップしている。若者の力はほんとうに無定形に無限大である。その可能性に関われていることがとても誇らしいし、同時にこっちも「負けてたまるかって」な気にもなる。

 March 24

 ボストン市長を7年にわたって務めていた Marty Walsh が、旧知の仲である Joe Biden大統領の指名を受けて合衆国労働長官に。そのため、後任のボストン市長として、市会議員の Kim Janey が就任することが発表され、ボストンのトップニュースになる。 Kim Janeyは、初の「女性」市長であり同時に初の「有色人種」の市長ともなる。リベラルなようで実は保守的、な古都ボストンにとって、この日は歴史的な変化を刻むこととなった。
 なお、前市長 Walsh は、2014年に就任してすぐに、反対派市民の声が大きいこと、財政的に無理が多くなる懸念があること、を考慮してボストンのオリンピック開催地立候補を取りやめる英断をくだした市長だ。東京、というか日本では、この期に及んでオリンピック開催の是か否かが議論されている。一体どのような人がどうすることを望んでいるのか、公明さとルールの透明性の担保が最重要なスポーツ競技に関する事柄なのに、そこがまったく見えないのは空恐ろしい。

 March 17

 3月17日は St. Patrick’s Day(聖パトリックの祝日)。アイリッシュ系住民が多いボストン、特にサウス・ボストンと呼ばれる地域では、毎年この祝日のパレードが観光名物にもなっているほどだが、今年はパレードはもちろん中止。しかし、市民のワクチン接種もそれなりに順調に進んでいることもあって、3月に入ってからパブやバーは営業を再開もしているし、街に繰り出せばちょっと雰囲気だけでも味わえるかも?とダウンタウンに買い物がてら出かけてみる。
 しかし、街にはそこまで活気なし。とはいっても、建物やら街灯やら、ところどころ聖パトリックの「緑色」にライトアップされていて、宵闇を彩っている。その控えめな祝祭感の中途半端さは、それはそれで、2021年にしかない独特の風景と心象を生んでくれているのかもしれない、と大事に思える。
 

 

 March 14

 クローヴ、クミン、カルダモンをたくさん入れたチキン&トマトカレーを作る。自宅の周辺に美味しいカレー屋さんがあまりないのが少し残念である。東京は、日本式もスパイス式もインドもタイも含めて、まさにカレーの楽園だったのだなあと振り返る。
 深夜に Barbara Loden 監督の Wanda (1970) を鑑賞。巨匠監督 Elia Kazan の妻でもあった女性による監督、脚本、主演のインディペンデント映画。映画史と女性という観点から記念碑的作品なのだが、その文化史的価値の高さ云々を越えて、映画作品として、あたかもずっと部屋の隅に置き忘れていたパズルのピースのように、わたしの趣味に合致してしまう大傑作。荒廃しつつある炭鉱町で、家族に捨てられた女性が、しだいに銀行強盗へと身を落としていく話…なのだが、その転落が言うなれば軽やかな解放のように記録されている。時代は、第2波フェミニズムがまさに隆盛していく曲線を描き、アメリカの女性たちは「家」以外の場所へと歩むことが当たり前になっていく頃。
 映画を観ている最中に、もう真夜中の1時すぎだったが、ドアを執拗にノックする音。上階の人か誰かか?と思ってドアを開けずに話しかけてみると、ぼそぼそと聞き取れない音量で何やら独語している声。これは犯罪映画でもある Wandaの世界に紛れ込んでしまったのか?と動揺したが、どうやらアパートの正面玄関が開いてしまっていて、不審な人が入ってきてしまった様子。マイナス10度以下のとても寒い夜だったので、暖を取ろうとして開いていたドアに引きつけられたのだろうか。じっーとその御仁の気配を伺っていると、フラフラと外に出て行ってしまったようなので、慌てて正面玄関を厳重に締め直した。奇妙な真夜中の、なんとなく不安な感じ。思春期特有のものなんかではなく、中年になったわたしにもまだ時々訪れる。

 March 12

 友人夫妻JとFにドライブおよびハイキングに誘ってもらい、ボストン郊外のコンコードに。アメリカ独立革命の狼煙を上げた「レキシントン・コンコードの戦い」の、あのコンコードである。アメリカ文学史的には、19世紀半ばの「アメリカン・ルネサンス」を代表する作家、知識人たちが共同体を形成していた、あのコンコードである。
 2020年の春からは、パンデミックのおかげで、映画館に足を運んで封切り作品を鑑賞するという体験もほとんどなくなってしまったわけだが、どうしても今すぐに観なくてはいけない何かなのではと直感したGreta Gerwig監督の Little Women(『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』)は6月中に観に行った。怪しげな妖術使いの術に鮮やかにはまる雑兵のごとく、そこに映っているコンコードの景色の決め画に猛烈に感動させられ、ベスが自らの最期を自覚していることをジョーに伝える海辺のシーンではマスクの下で嗚咽さえしてしまった。JとFも最近そのLittle Womenを観たばかりだったとのことなので、まずはLouisa May Alcott の家に立ち寄り、そこから Ralph Waldo Emersonの邸宅の前を通る。パンデミック禍ということもあって、偉大な文人たちのオブジェやポスターなども、マスク着用を義務づけられている。街中のレストランでお食事。よくよく考えれば、家族以外の人との「外食」なんて、1年強ぶりくらいである。コンコードに2軒くらいしかないレストランのうち1軒で、美味しいミディアムレアのハンバーガーを頬張る。
 食後は Old Manse (=旧牧師館)と North Bridge(ノースブリッジ、独立革命戦争の開始を告げるイギリス軍v.民兵の武力衝突があった橋)、その近隣の国立公園に指定されている区域をお散歩。Old Manseは、19世紀の大作家 Nathaniel Hawthorneが一時期暮らしていたこともある歴史的建造物であり、現在はHawthorne記念館にもなっている。パンデミックのため休館中だが、大学院生の頃に訪れた際には、あまりの狭さ、暗さ、質素さに、なるほどこういう場所で執筆される作品はそりゃあ重たくてしかも思弁的になるよなと実感したものだった。狭く暗い部屋の湿った壁の向こうには、信じられないくらい美しい緑の平原と透明に澄んだ池がどこまでも広がっている。その圧倒的なコントラスト。Hawthorneの1846年発表の短編集が Mosses from an Old Manse(『旧牧師館の苔』) というタイトルなので、以前に訪れた際には、甲子園球場の土を持ち帰る高校球児のごとく Manseの庭に広がっている苔をむしってお土産にして帰ろうとか思ったものだが、今回はそういう気は起こらなかった。ただただ夕陽がまぶしすぎて綺麗。
 

 
 この日は行かなかったが、夏になったらぜひ Walden池 でスイミングもしよう、とJとFのお二人と約束しておいた。Henry David Thoreau がそのほとりで暮らしその水面と深さについて書いた Walden池、 きちんと泳いだ上で、Walden の思想史的位置づけについての講義もできる教員、を目指しています。

 March 7

 現在ケンブリッジ在住の慶応大学O先生のお宅にお招きいただく。2020年度、O先生はハーバード大学での在外研究期間であり、ご家族で渡米されている。縁あって、2020年度の前期は、O先生の代打としてわたしが慶應大学文学部でもアメリカ・ポピュラー音楽の講義授業を非常勤講師として担当させてもらった。共通の知り合いも多く学会の仕事でご一緒することも何度かあったのだが、よく考えると東京にいる時にはお酒およびお食事の席を共にすることがほとんどなく、その機会がパンデミック禍のアメリカにおいてこそ訪れるとは、なんとも奇遇である。
 おいしいお料理、お子様たちの出し物(BTSのダンス振りコピ!)、そしてお酒を堪能させていただいているうちに、気づくと時間があっという間に経ってしまい、夜は更けていた。家族ぐるみで色々な方向に脱線するお話をたくさんしたのだが、特に印象に残っているのは、O先生ご夫妻が高田馬場の名店・秀永(中華料理)がお好きだということと、わたしはいまいち苦手としつづけてきたのだがなぜか世間的な評価がやたらと高いバンド The Nathional に対して、どうやらO先生もあまり感じ入るものがないらしいということ。帰路のUberでは、アフリカのどこかの国から移民してきていると思われる痩せた運転手が、ずっとその母国の言葉と思われる言語で独り言をつぶやいたり、時には歌ったりしていて、触れてはいけないような儚さと危なっかしいハイな雰囲気を同時に出していた。

 March 5

 アメリカでは、3月は女性史月間(Women’s History Month)である。ケーブルTVでも歴史ドキュメンタリーやら、女性監督による映画作品特集やら、が特別に放送されている。TVの番組予定表を適当にスクロールして眺めていたら、Kelly Reichardt監督の最新作 First Cow (2019) が女性史月間プログラムの一環として放送されていることに気づく。とにかく一番観たい映画心のベストテン第1位の作品だったので、すぐに観る。
 物語はとても寓話的。19世紀前半の西部開拓初期、オレゴン郡にて毛皮猟師のグループから逃れてきた男と、殺人の疑いで追われている中国人移民の男が出会い、生活を共にし友情を深めていく。その男性2人が、それぞれの将来の夢に向けてお金を作るために始めるのが、なんとお菓子ビジネス。彼らが売るビスケットの美味しさは評判を呼び、開拓者や猟師の間で大人気を博していくのだが、実はそのお菓子作りに使われている牛乳は、郡一番の有力者が所有するその郡で唯一の乳牛から、こっそり搾り盗られているもので…
 男性たちのヒロイズムと暴力によって神話化されているアメリカ西部劇というジャンルを、女性監督の視点から換骨奪胎しては見事に練り直す Kelly Reichardt の批評性、と同時にものすごく人懐っこいユーモア。仮に、開拓時代の西部が「男だけ」の領域であったならば、洗濯も炊事も男たちがやっていたはずだし、スイーツづくりだって男たちの仕事や(あるいは)歓びだったはず。率直に言ってしまうと、西部開拓時代の歴史的検証に、ジェンダー(また人種)を再考察するチャンネルとしてBL的萌え要素が映画として注入されていて、しかもその戦略が大成功していて、鳥肌が立つくらいに感動的な作品になっている。

 March 3

 今回の在外研究の所属先であるタフツ大学のメドフォードキャンパスに、渡米後はじめて赴くことになる。パンデミックのせいもあって、すべてがうまく進んでいないのでは?という思い込みからのイライラもあったのだが、いよいよこの日までにはすべての手続きが整ってIDカードを物理的に発行してもらえることになった(この後も実はいろいろなトラブルはあったのだが…)。イメージとしては、入学から1ヶ月後にようやく学生証をもらえることになった、という感じである。地下鉄レッドラインに乗って、メドフォードキャンパスの最寄り駅デイビス駅まで。そこから大学がある丘陵の敷地まで、住宅街の道を歩いていく。
 IDカード発行のカウンターがある建物は、なんとプレハブであった。同一の建物のなかで、ものものしく学生たちの日常的なPCR検査も実施されている。おそらく感染対策として、通常のオフィスをすべて閉めて、この建物に機能を集約させているようだ。ここで名前を告げるだけで、呆気なくIDカードをもらう。これでようやく図書館に入ることができたり、アプリを使えばキャンパス内レストランのランチをオンライン注文したりが可能になるらしい。新しいコミュニティに in できたという感覚は、いつだってそのはじめの一瞬は恍惚とするもので、とても嬉しく思った。すぐにPCR検査も受けてしまいたかったが、また次に来たときにしてくれ、今日ようやくデータが登録されたから、とのこと。
 キャンパスは広々と美しい。授業自体はほとんどオンライン化しているようだが、キャンパス内の寮に居住している学生たちが快活にしている様子もまた美しい。キャンパスマスコットにもなっている「ジャンボ」の像にもはじめてお目にかかった。
 帰り道は、タフツ大学のあるメドフォードからハーバードのほうまで南下するお散歩。10年前にボストンに短期滞在していた際にもよく通っていた、デイビス駅前の Mr. Crepe が店内飲食を再開していた。そこでとりあえずコーヒーを飲んで、BLTクレープを平らげてから、歩き始めた。

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