澄みわたる青空、大学の庭園の芝生に寝転がって漫然としている昼下がり、ずいぶんと気に入って毎日のように着ていた Red Dragon Tatoo と絵柄がプリントされている水色のTシャツ、渋谷タワーレコードの前のガードレール、彼のサイン入りのドラムスティック(1本のみ)… Adam Schlesinger がコロナウイルス感染による合併症で4月1日に亡くなったという報せを受けたとき、まずは言葉を失い、その後にさまざまな心象と具象の風景が浮かび上がりました。
Adam Schlesinger, Songwriter for Rock, Film and the Stage, Dies at 52 (The New York Times April 1, 2020)
Adam Schlesinger とはアメリカのソングライターであり、1990年代後半から Fountains of Wayne というバンドのベーシストとして活動、その相棒/ボーカルである Chris Collingwood とのチームで数々の信じられないくらいの大名曲を生み出してきた(にも関わらず信じられないくらい売れなかった)、わたしにとっては格別な意味を持つミュージシャンです。1999年に発表された Fountains of Wayne の2ndアルバム Utopia Parkway は、その年の夏(たしか暑かった…)聴かなかった日はなかったのではないかというくらいに、各楽器のフレーズから曲間の長さまですべて身体が記憶してしまうくらいによく聴き、皮肉とユーモアに満ちた歌詞を理解しようと読み込み、そこで歌われているNYCおよびその郊外の街並みや人間模様に対して想像をたくましくし、わたしにとっては、間違いなく「アメリカ」を知るために必要な教科書の一つでした。インストアライブ、来日公演なんかにも、心躍らせて足を運んでいました。
Fountains of Wayne の活動は2010年代はじめから休止状態だったのですが、その後 Adam Schlesinger はTV音楽や舞台音楽の作曲家として、シンプルであるがゆえに深い催眠をもたらすポップソングの魔法使いとして、活躍しつづけていました。すでに30代になって忙しくもなってしまったわたしは、その活躍についてはあまり知らずにいましたし、今はそのことを後悔もしています。しかし、とにかく Adam といえば Fountains!、ギターのsus4コードの響き!という、20歳の頃に脊髄に埋め込まれたような快感をこれからも死ぬまで失うことはないのだろうなと思うだけで、とっても幸せな気持ちにもなるし、同時にものすごく寂しく悲しくもなります。うまく言えません。
好きなロックバンド、好きなソングライターは、無数にいます。でも、なぜなのか、Adam Schlesinger の曲群は、ほんとうにわたしにとって特別なのです。凝ったメロディ展開、ベース音展開、でポップソングを演奏するバンドなんてそこらじゅうにいくらでもいます。でも、例えば、 “Mexican Wine” というプチヒット曲(2003年)を使って説明すると、F#>C#>E♭m の進行の途中に、F#>C#>C#/D>E♭m…と半音ベース音をずらすだけでもたらしてみせる存外な感動の炸裂、というものが Adam Schlesinger の曲(と Fountains の演奏)にはあるのです。ただメロディがキャッチーでときに異様なまでに美しいだけではなく、まるで意地悪なコントのライターのように市井の生活をトラジコミックとして描いてみせる歌詞も素晴らしく、今回の訃報ではじめて知ったのですが、あのアメリカンホラーの巨匠 Stephen King も Adam の風刺的な曲の大ファンだったとのことです。
4月1日の朝、レコード棚からは、Fountains of Wayne の 1stアルバム (1996) を引っ張り出して、ターンテーブルに乗せました。ご機嫌に M1 “Radiation Vibe” を一緒に口ずさんでいたりしたのですが、サビの “Baby, what’s wrong♫” に差しかかったところで何かがこみ上げてきてしまい、それはそれはもうダメでした。
心から敬愛する Adam Schlesinger のために、極私的追悼の意味も込めて、「わたしが選ぶ Adam Schlesinger の曲 ベスト10」を発表します。自分の裸を見られるようで恥ずかしいですが、ぜひわたしの裸をご笑覧ください。
10. All Kinds of Time (2003)
アメフトのQBがプレイ中の一瞬にめぐらせる意識…(「みんなオレのこと、TVで観てるかな?」とか)を、こんなに美しくせつないバラードにできる人はいないでしょう。
9. Karpet King (1996)
絨毯ビジネスで成功しようと頑張る悲しきお父さんの歌、このリズムパターンはFountains of Wayneの他の曲 ( “Hat and Feet” など)でも多用されるおハコなんですが、デビュー時にすでに確立されているのです。
8. New Routine (2007)
曲調はいわゆるパワーポップですごくご機嫌、なんだけど歌の内容は「もうここにいたくない」と言って奇妙な転地をしてしまう悲しい人たちについてです。
7. This is the Day (1997, Ivy)
これはIvyというAdamがやっていた別バンドの名曲、Something about Mary(『メリーに首ったけ』)という映画のサントラに収録されていて、劇中でも絶妙に使用されています。
6. Red Dragon Tatoo (1999)
モテるために刺青を入れてやる!といきるんだけど、店に行く前にビビりまくっている男の子の歌。曲調はまさに sus4コード 多用の Fountains ギターサウンドです。
5. I-95 (2007)
胸を締めつけられる8ビートのアコースティックバラード、こういうシンプルでいながら余韻が不滅なまま残る曲をやらせたら、Fountains の右に出るバンドはいない気がします。はじめて自分でI-95(アメリカ東海岸の高速道路)を運転したとき、脳内でずっと鳴っていました。
4. Leave the Biker (1996)
ギターががちゃがちゃと鳴るいわゆるジャングリーなギターポップ、なんだけど抜けるようなメロディの展開と「バイク乗りなんかと付き合わないで!」と女の子に懇願するしょーもない男の歌という内容のバランスが唯一無二です。
3. Troubled Times (1999)
薄く残響処理されたアコースティックギター、Chrisのハスキーなんだけど少年っぽいボーカル、サビのコーラスワーク、心を洗浄槽に沈潜させてくれるような大名曲。
2. Mexican Wine (2003)
フィルターがかかった歌い出しとナンセンスだがなんだか泣ける歌詞、そこからバンドがせーの!で入って爆発する展開(その1拍目の、彗星が飛んでいくようなカタルシス!)、後半にはビートルズ風のホーン隊も入ってくる盛り上がり…からのキーボード以外を抜いてのアカペラ…などなど、初回から全力投球とばかりに音楽的持ち技を次々繰り出しているのにまったくやかましくない、まるで解ける気配さえない魔法のような3分間。
1. Amity Gardens (1999)
子供のころになんか、あの団地なんかには、戻りたくない…という歌。戻りたいと思うから戻りたくないと否定しなければいけないのかもしれない、「普通」の大人になるということもまた心的葛藤を伴う大変な「トライ」である…そんなことを20年前のわたしに直観的にわからせてくれた超名曲。