英語圏(わたしの場合ほとんどアメリカですが)のニュースを見ていると、COVID-19の世界的流行に際して必要な対処としてバズワードのように飛び交うのが、 “self-quarantine” と “social distancing” の2つの用語です。それぞれ「自己検疫」(病気かなと思ったら自分を自宅/自室に隔離すること)と「社会距離(戦略)」(人がともに集まる場=社会においては、他人との間にしっかり距離を取るように気をつけること)と訳すことができます。この2つこそが、感染病の拡大を防ぐための、きわめて初歩的ではあるが実はもっとも有効な対処とされているのです。「自己」と「社会(他人)」が対立的な存在として置かれているのがわかると同時に、「自己」と「社会(他人)」という両者は意識的に振る舞わない限りは必然的に常に接触してしまっているというかそもそも境もあまりないのだということも教えてくれる、とても興味深い用語の組み合わせで、医療や病およびその予防をめぐる言葉遣いが近代の人間観をどのように支えているかを考えるにあたって、最新のサンプルになっている気がします。
わたしの仕事もここ数日はいわば「自己検疫」的に自宅に籠って行っているわけですが、わたしの部屋では「社会(他人)」がかなりの厚みをもってペナルティエリア付近まで侵入してきています。積み重ねられた本であれ、雑然と並べられたレコードやCDであれ、それはわたしという自己なんかよりもはるかに偉大な他人たちがもたらしてくれたもので、逆説的にこの「自己検疫」的なお部屋引き籠りの時間はそれらの「社会(他人)」とともに長く過ごす時間になります。
そんな折に、ついに手に入ったJeff Parker & The New Breedの 新作 Suite for Max Brown。さまざまなレビューサイト、音楽誌を見てみても、激賞の嵐を真正面から受けているこのアルバム、どうしてもアナログ盤が欲しくて1ヶ月以上入荷を待っていました。Jeff Parkerとは、1990年代にキラ星のごとく現れたポストロック-音響派バンド Tortoise のギタリストとして名を馳せてから、バークリー音楽院出身のジャズギター奏者としても評価されている人物です。2000年代はじめには、ギタリストとしてバンドを率いるリーダーアルバム(ソロアルバム)も出していて、2003年の Like-Coping なんかはわたしも大好きでよく聴いていた1枚でした。そんな彼が2016年に久々に出したリーダー作品 The New Breed で、ジャズ+ブレイクビーツの作風に傾倒。ジャズとヒップホップを足す、なんて特に新しいわけではなく、むしろ今となっては懐かしささえ覚える「ベタ」なものですが、絶妙なタイム感と柔らかいギターの中音域によって奏でられる曲の数々は、Jeff Parkerでしか作りえない音楽でした。
今作 Suite for Max Brown は、そのThe New Breed の続編のようなアルバムになっているのですが、弦楽器のみならずサンプラーからマリンバまでさまざまな機材や楽器を巧みに使いこなす Jeff Parker によって、驚くほど聴き心地のよい仕上がり。いろいろな音が雑然と絡み合いながらも、中心には口笛で吹きたくなる美しいメロディが流れていて、どこかせせらぎのような静謐の感覚もある。でもビートはずっしりと腹に響くところもある。M6 “Gnarciss”のバンドアンサンブルが格好良いのに、あっという間に曲が終わってしまうのが残念です。全編を通して、ベーシストPaul Bryanによる細かいミュートの多いぶつ切り感あふれるフレージングもたまりません。M3 “Fusion Swirl” のベースラインがそのまま再活用される M10 “Go Away” は、ハードコア/ポストロック魂を感じる疾走感あるいは破壊力も備えています。クールなんだけど優しい、懐かしいんだけど現代的、そんな音楽を求めているすべての人にオススメです。