What is “disease” and “disability”??

 2018年度のサイトーゼミのテーマは、「病気」および「障がい」の文学・文化的表象について、です。え?いったいなんで文学部の英米文学科で、「病気」の勉強を?と思う方々も多くいると思うし、そもそもゼミ生もそのような怪訝な思いを抱えたかもしれません。初回の授業では、一応現時点でわたしがみなさんにうまく伝えられるかな、というポイントを挙げるため、以下のように問いかけてみました。

Question

Q、どうして「病気」(それにまつわる医療)や、「障害」などについて考えることが、文学・文化研究(つまり、人文系の学部が日々行っていることです)に必要?

 これは今後、サイトーゼミに入ってみたい、文化・文学研究を少しつっこんでやってみたい、と思ってくれている学生のみなさんにも insripring だと思いますので、ぜひ考えてみてほしい問題です。
 答えは決して一つではありません。つまり、これは答えが出そうで出ない問題です。ただ、ありうる答えとして、現在学術の現場で問題になり議論されていることを以下のようにまとめてみました。

 

1)Determining human condition(人間の条件を決定づける)

 

「人間とは(あるいは市民とは)どうあるべきか?」については、さまざまな要因が複合的に「重層決定」(overdetermine)している。それは実は時代によって結構変わっているようにも見える。経済、社会的地位、国籍や人種、そしてジェンダーなどなど…
そのなかにおいて容易に見過ごされがちでいて、なお同時に最大の要因として、「生物学的」(biological)な、あるいは身体的だったり心理的だったり(physical or psychological)な「状態」が「正常」かどうか?が歴史上ずっーとある。

 

2) Enforcing norms(規範を強化する)

 

「正常」という「規範」(norm) はよく考えれば、そもそも存在しない。こうあればいいな、という「理念」(idea)を、さまざまな権力や社会集団がなんとなくすり合わせてきたものだと言える。
それは理念でしかないので、実在(reality)の水準では、規範は、非-規範(ab-norm)の反対物としてはじめて実体を持つのみである。そのときこの規範の「正常」で「健康」なありかたの 反対物に(常に)暫定的に置かれるものが、「病気」「障がい」だと言える。
たとえば、最近流行りのdiversity(多様性)の言説はどうだろう?あたかも「正常」な人たちが「そうじゃない」人たちを受け入れてあげる、というそれ自体新しい「規範」による、「上から目線的言説」に聞こえないだろうか?

 

3)Reality with Story(物語を持つリアリティーである)

 

みんなが病気になる。病院に行く。その状態、症状、についてあなたはまずお医者さんに「話す」 ことをする。同様に、一見高度に科学的な医学の現場でも、あるいは障害者支援の現場でも、そこにあるのはただ物理的な支援だけではなく、(医学的な解説も含めて)言葉を介して「人に何かを 伝える」という営為の集積でもある。

 

4) Infinitely particular experiences(途方もなくそれは個々の体験)

 

人種、ジェンダーなどに関しては、「…人である」「女性である」とある種の集合性(「みんな一緒だよね!」)を比較的獲得しやすい。だが、病気や障害については、実は簡単にひとくくりにできない。癌を患っている人と不眠症を患っている人の「体験」は決して「病人」としてひとくくりにはならない。同じうつ病と診断される人、そして発症の原因がストレスであると「される」人たちでも、会社における管理職がつらい人と、家庭の問題がつらい人では、まったく様相が異なる。身体的な障害を持つとされる人でも、盲目の人と、歩行ができない人と、生殖機能がない人と、それぞれにまったく「体験」が異なる。
また、「病気」「障がい」は、決して固定化された「アイデンティティ」ともなりえない。なぜなら、誰でもそのような「状態」になりうるから、である。健康な男子が可憐な女子に突然なることは(通常は)できない、でも、健康な男子が足の不自由な「障害」を持つ人間に突然不慮になってしまうことは、大いにありうる。
そもそも、人間は、誰もが年をとれば、今まで思っていた「正常」を失った、「病気」「障がい」(とされるもの)を有する主体になる(もちろんそれに逆らう人もたくさんいる!けど、その抵抗もまた「物語」になるかもしれない)。

大枠の一般化をしようとするのではなく、個々の心的な、あるいは身体的な「体験」の「違い」にこそ注目するのは、実は文学・文化研究の使命でもある。

 

 

 前期に取り上げる文学作品、映画、エッセイ、のリストは以下の通りです。…なんだかつながりが見えるようで見えないようで、ワクワクしませんか?

・Charlotte Perkins Gilman. “The Yellow Wallpaper” (1892)
・O. Henry. “The Last Leaf” (1907)
・Jack London. “The Sheriff of Kona” (1912)
・Ernest Hemingway. The Sun Also Rises (1926)
・F. Scott Fitzgerald. “Sleeping and Waking” (1932)
・Tod Browning. Freaks (1932)

 

 それぞれどんな「病気」「障がい」を描いているか?その「体験」は、各時代にどんな文化的意味を持っていて、どんな歴史的事実を現代のわたしたちに教えてくれるのか?上述のような問題意識を持ちながら、今年はゼミ生一同勉強し、考察し、議論していきたいと思っています。

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