Big Thief. Two Hands

 2019年は大好きなUSバンド Big Thief が2枚もアルバムを発表する、というそれはそれはものすごい、空から彗星が立て続けに落っこちてきてしまったような年でした。特に10月に発表されたTwo Handsは、K点を超えてX点くらいまで到達してしまっている作品で、素朴なようでいて独特に意表をつくバンドのアンサンブルが素晴らしく、そして、何よりも、ヴォーカルのAdrianne Lenkerの歌と言葉の圧力がすごい。圧力といっても対面から迫ってくるというよりもじわじわと耳の穴から心の穴に彼女の言葉が広がっていくような浸透圧。怒っているのか、悲しんでいるのか、そんな感情の弁別も無意味になるくらいの圧力です。
 2曲目 “Forgotten Eyes”、ドラムのフィルインのあとに左右のギターがギュワーンと、美しいのか寂しいのかよくわからないが、どこにもないような彼方にある景色を押し広げるイントロが大好きで、どうやったらこんな広がりをこの人たちは生み出せてしまうのか?とプロデュースチームへの畏怖の念は止まらず、そこでクレジットを見ると録音はTexasのSonic Ranch(メキシコとの国境付近に位置するレコーディングスタジオばかりが立ち並ぶ砂漠の町)であることを知りました。なるほど、音の広がりは砂漠の広がり、砂漠の広がりは宇宙の広がり、宇宙の広がりは魂の広がり。

 アメリカのポピュラー音楽を聴き続けていると、良くも悪くも、アメリカ土着の神秘主義的あるいはスピリチュアリスティックな哲学や思想についても、どんどんと理解が深まってしまうところがあります。現在指導している学生が Ralph Waldo Emerson について卒論を書いていて、そのおかげでEmerson の著名なエッセイ “The Oversoul” (1841) を久しぶりに読みました。Emersonの以下の一節にはあらためて心を揺さぶられ、膝を打ち(と同時にこの things は「何」を指すんだ?experience とはこの世という意味で理解していいのか?とあらためて考えて)、Big Thief の音楽がもたらす広がりもきっとこのことなのだろうな、と思案しています。

The soul circumscribes all things. As I have said, it contradicts all experience.
In like manner it abolishes time and space.

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