January 2021 pt.1 鯖日記 (Sabba-tical diary)

 2020年9月から2021年8月まで、サバティカル(在外研究期間)に入っています。日本の大学の授業や校務からはお休みをいただいて、ボストンのタフツ大学に研究員として滞在しているはずでした。しかし、パンデミック禍の影響やそれに伴う諸々の問題のために、予定通りの出発ができておらず、いまだに東京にstay homeです。
 2021年2月1日には出国し、いよいよボストンでの「在外」研究を始めることができるよう、昨年のうちに準備を済ませておきました。すると、タイミングの悪いことに、その後にウィルスが変異したとか感染者は爆発的に増大しているとかこの世界は落ち着かなさをとどめてはくれません。でも、十分に生活行動に注意を払い、また春先からの状況の好転を信じ、まだ元気な身体とまだ回転力をなんとか保っている頭をもって、サバティカルに「旅立って」こようと思います。

 生活のこと、趣味のこと、研究のこと、アメリカのこと、社会や政治への所感など、研究期間中は授業担当もありませんし、そもそもこのパンデミック禍では同僚や友人にも会えずお話する機会がまったくありませんから、代わりにといっては何ですが、この「鯖日記」(=サバ-ティカル日記)でお伝えしていきたいと思います。

 January 13

 アメリカ合衆国が、入国する全ての国際線乗客に、PCR検査の陰性証明を求めるとのニュース。いまにも降り出しそうな曇り空からいよいよ小雨が落ちてきた、という感じ。渡航前のPCR検査を予約するが、それだけで1名につき3万5000円。感染症とその不安の大流行にも関わらず公的な社会検査を一切広げていこうとしない日本という「オンリーワン」の先進国にいること、いよいよ馬鹿馬鹿しいを通り越して荒涼たる気持ちになってくる。大雨にならないことをとにかく祈る。

 January 11

 昨年末ふとしたきっかけで、「tiny pop」とカテゴライズされているDIY音楽ムーブメント(?)を知り、その魅力に取り憑かれはじめている。アマチュアリズムとパーソナルな音楽愛や表現欲求から生まれ、インターネット上で発表されつづけているたくさんの音楽と歌。「インターネット世代によるDIY歌謡」という説明がとってもしっくり来る。hikaru yamadaさんというサックス奏者、ミュージシャンが、このカテゴリーを整理し、日本全国あちらこちらに居る作り手・歌い手を紹介してくれている。

 参考:http://www.ele-king.net/columns/006704/

 そのhikaru yamadaさんが編集したミックスCDを入手。キラ星のような徒花、といった感じの素晴らしい無名ミュージシャンたちによる、夜を駆けたり香水のせいにしたりする大ヒット曲に負けないほどの名曲揃い。特に、”ゆめであいましょう” というバンドの70年代合唱フォーク的な世界観、そして”アフリカレーヨン”というユニットの80年代シティポップ系アニソン風トラックに少女の追いつめられた自意識が炸裂する歌詞が乗る「わたしのお葬式」という曲、これらをいたく気に入る。若い(?)世代の日本語とその音韻の響かせ方が、形は古いが新しい切れ味をもった武器のように、わたしの乾燥しはじめたココロに突き刺さってくるようだ。

 January 6

 区役所への手続き、ついでに買い物に中野へ。せっかく街に出たので、お昼には青葉のラーメン。つけ麺を注文するお客さんたちには「通常の麺と、季節限定でやっている太麺、どっちにするか?」と口早に問いかける女性店員さん。お客さんがつい「細麺のほうで」と口を滑らせると、「細麺はないです!通常の麺か、太麺です!!」と咄嗟に、厳密に、語の用法を正す。そのボクシング世界戦のレフェリーのごときストリクトな様子がとってもおかしくて、思わず吹き出しそうに。誰もがそれぞれに、それぞれの度合いで、仕事への真剣さ、厳格さを持っている。そんな様子をふと見せつけられる瞬間が、とても好きである。
 夜のニュースでは明日からまた日本は緊急事態宣言をする、との宣伝。

 January 4

 日本のプロレス好きにとっては、毎年「1.4」という数値は新日本プロレスが東京ドームでビッグマッチを開催する日付。今年も東京ドームで、1月4日-5日と連続開催。ここ数年の新日本プロレスにはそこまで興味がなくなっているのだが、今年はいよいよ飯伏幸太がIWGPヘビー級チャンピオンになるんだろうなあ、というシナリオの流れ。ほんとうは会場に観に行きたいがそこは我慢し、ストリーミングで観戦。飯伏幸太はDDTというインディーズ・プロレス団体で2004年にデビュー。翌2005年12月に開催された「インディーサミット」という大会で、抜群の美しさと回転速度をもつフェニックス・スプラッシュという技を披露したことをきっかけに、一躍スターダムに(とはいっても、非常に限られたインディープロレス業界内でのことだが)駆け上がっていった。その試合を後楽園ホールに観に行ったような記憶があるのだが、もしかすると友人に借りたDVDで観ただけかもしれず、それなのにあたかも生観戦したような気になっているというのは、つまりまだ無名だった若き日の飯伏のインパクトと輝きが、それほどに大きかったということなのかもしれない。
 その当時(2000年代後半)、DDTの選手合宿所があったある町に、わたしも住んでいた。よく電車の車内や近所のSEIYUで彼らを目にしたし、時に立ち話なんかもした。同じくDDT出身で、飯伏のかつてのパートナーで、今ではアメリカの大団体AEWのエースとなったケニー・オメガとは、たまたま電車で乗り合わせたので、おしゃべりしながら同じ駅まで帰ったこともあった。だから、この年代にDDTのリングに上がっていた選手たちを見ると、勝手ながら、同級生に会うようなちょっと感傷的な気分になる。
 2021年、飯伏はついに日本プロレス界最大手の新日本プロレスのチャンピオンになった。全盛期より動きの速さや跳躍力は落ちているように見えるが、その分驚愕するほどの筋肉をつけた飯伏。インディー団体出身であっても、誰よりも強く、誰よりも上手に、この「1.4」を組み立てていた。

 January 2

 2019年度の卒業生たち、よって2020年度に社会人1年生となったみなさんと話すチャンスがあった。興味深かったのは、ほとんどの人が在宅勤務となっているために、いわゆる「会社員生活」とは異なる毎日を送っているということ。パソコンを開き、お部屋から会社のネットワークに接続し、うまく在席中を装いながらお昼寝をするスキル、などについて話を聞く。わたしが会社員もどきのようなことをしていた頃は、営業外回りに出ていることを装いながらいかにタイミングよく映画館で一本観てくるか、をビクビクしながら試したものだった。確か『レクイエム・フォー・ドリーム』や『焼け石に水』は、そんな狡智を用いて渋谷で観た。
 このまま「会社勤め」の実態もその意味もまったく変わってしまうのだろうか。在宅勤務/スクリーン前勤務、が平常として始まっているのだから、わざわざ通勤に時間をかけ気を遣いながら同僚やお客さんに会う、ということは余計なコストでしかない、という心情が当たり前になるのかもしれない。だが、複数の人間「たち」として、集団で場所、目標や利害を共有する労働者の文化は、むしろ今だからこそ極めて大切だと感じている。そうしないと、すべての働き手が個人という孤独な単位に還元され、結果として、すべての行いや判断が個人主体の自己責任に帰されてしまう風潮(=新自由主義)がさらに制度的に加速してしまうのだ。

 January 1

 あけましておめでとうございます。大晦日の夜には、新春の食卓のために、得意料理のチリビーンズをつくってみた。もちろん、台所には家族の仕込んだお雑煮もある。珍妙な食べ合わせだが、かつて夏合宿においてチリビーンズを学生たちに振る舞ってあげたら大喜びして平らげてくれたことを思い出して、どうしても作りたくなった。今年こそは、また多くの見知らぬ人たちと食卓を囲めますように、と祈る。
 TVをつけて眺めていたら紅白歌合戦で、aikoの「ハニーメモリー」という曲を初めて聴く。あまりに難しいメロディーラインにまずびっくりして、「味がしないんだ」というサビの締めフレーズにさらに打たれる。味覚・嗅覚障害が日常の話題になるコロナ禍の言説状況であるがゆえに、ニュアンスを倍増させる歌詞。「最近はおとなしく家に帰っている」というフレーズまであって、さすがベテランの同時代性を浮かび上がらせる巧さ。
 表に出てみると、寒さのため近所の川面に薄氷が広がっていて、目に見えてクリスタルだった。

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